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活動をすすめるには、Jリーグやクラブとの対話も必要だったと思いますが。
「最初はすごく嫌がられていましたね。(笑)労組的なことをされるんじゃないかって。だから、労組には絶対しませんからいろいろ協力してくださいっていう話を徹底的にしました。労組的なことではなくて、サッカーを広めていくために、JリーグやJクラブや日本サッカー協会ではできないけれど、選手だからできること、選手がやらなければいけないことってあるはずだから、そういう活動をしていきたいという話をずっと言い続けていましたね」
― クラブにはどうやって話をしたんですか。
「当時の事務局長に、お願いします協力をしてほしいと各チームを回らせたんです。サッカースクールをしたり、あしながPウォークに参加したりするには、クラブから選手を出してもらわなきゃいけないですからね。説明をして、そういうしっかりとした目的を考えているのでかれば、とクラブ側も了承してくれました」
― Jリーグはいかがだったのでしょうか。
「当時の川淵チェアマンと何度も話をさせてもらいました。詰めの話になってきたときに、チェアマンが飯でも食うかって誘ってくれて、ホテルの中華料理屋に集まって。その中で将来的な展望からお願いしたいことまで話をさせてもらいました。どんどんやりなさいっていわれましたね。チェアマンには非常に支援をしていただきました。
資金面に関しても、組織の基盤がしっかりとしていない状態では難しいという話だったんですが、どういう形なら出せるんだっていろいろ考えてくれたんですよ。とても協力的にしてもらいましたね」
― 現在の活動についてはどのようにご覧になられているのでしょうか。
「現在の活動についてはあんまり良くわかっていないんですね。ただ、当時もその年その時々で変わっていかなければいけないって事を常に言っていたんです。あの当時やっていたことはあくまでも基盤作りでしたから。次の会長がいいアイデアを持っていればどんどん次に進むべきですからね。今はいろんなバリエーションが増えたようですので、そういった意味では、強引にでも作っておいて良かったかな、と思っていますけどね。
― やり残したことなどを含めて、今後のアドバイスをいただければと。
「現実的には難しくなっているかもしれないですけど、会費をできるだけ安く出来るようにね、将来的にはね。あの当時はいっぱい会費を取っちゃっていますからね…。選手たちの年俸が下げられて苦しくなってときに、高額な会費を払わなければいけない選手はきついわけですよね。それを、例えば年会費が1万円で済むようになればいいかなと。そうすると、選手協会に対してメリットがあるのかということはなくなるだろうし。でも、そのためにはどこかからお金を取らなければいけないですよね。その相手は、Jリーグだ、サッカー協会だ、スポンサーだと考えていく。それが出来たときに、こうあるべきだ! という選手協会が出来上がるんじゃないでしょうか」
― どうもありがとうございました。
【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫
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