■オーストラリアに新天地を求めて
― 金川さんは2001年シーズンまで大宮アルディージャに所属していましたが、今はどこのチームに所属しているのでしょうか。
2002年の2月にオーストラリアに渡って、クイーンズランド州リーグのパイン・リバースというチームでプレーしています。オーストラリアはナショナルサッカーリーグ(NSL)というものがあって、それがオーストラリア全土のリーグになります。いわゆる日本でいうJリーグという感じですね。ただ、それにはディヴィジョン2というものがないんです。その下は完全なプロフェッショナル・リーグではない州リーグというものになります。例えば、シドニーはニュー・サウス・ウェールズ州リーグだとか、メルボルンだとビクトリア州リーグのように。僕がいるのはクイーンズランド州の州リーグです。
― アマチュアの選手も多いのですか?
そうですね。クラブも、9割以上の選手が基本的には個々に仕事をしながら、夜に皆で集まって練習をするというような、すごく地域に根ざしたクラブです。その中には、学生をしている若い選手もいるし、40歳近い選手もいます。年齢的にはすごく幅が広いですね。
― オーストラリアのクイーンズランド州リーグに行く経緯はどのようなものがあったのでしょう。
2001年の11月に大宮を契約満了になって、最初はJリーグとJFLのセレクションでチームも探していました。セレクションをうけながら「他の国で」っていうことも頭にはあったんです。僕、前から英語に対しては興味があったんですね。英会話のレッスンにも行っていましたし。それに、すごく漠然としているんですけど、他の文化というか、他の国も見てみたいという欲求があったんですね。それで選手協会の方に相談してみたところ、オーストラリアに行った元モンテディオ山形の卜部太郎さんを紹介してくれたんです。彼のメールアドレスを教えてもらって、メールでいろいろと質問をして。代理会社の存在を教えてもらって。
― 英会話も習っていたことだったし、動いてみたわけですね。
代理会社には、Jリーグの選手のような恵まれた環境でプレーをしていた人にとっては、いわゆるハングリーな状況になるだろうけど、それでもサッカーをやりたいっていうんだったら話を進めるって言われたんです。というのも、周りとも打ち解けられずに、成果をあげられないまま終わってしまったっていう例が前にもあったらしくて。
でも、その時の心境って「とにかくどうにかしたい」っていう気持ちだったんです。賭けみたいな部分はあったんですけど、行くしかないと決めて。 |