■迷い、そして決断
― それでオーストラリアに渡った。大変だった?
ええ、もう大変でした。州のトップリーグでプレーする場合、スポーツビザっていうのが必要なんですね。そのビザを申請するための細かい部分に食い違いがあったんです。僕の場合、チームに入団するためのトライアウトは、割とすんなり合格したんです。それで、チームからOKがでたのに、ビザを申請する上の細かい条件が揃わなかった。英会話を習っていたと言っても、その時はほとんど喋れない状態ですから、しょうがないので東京に電話して、そこからシドニーにいる代理人に電話して、それからクラブに電話がいって、また僕に戻るって感じだったんで、話が進まないんですよ。
― 時間がかかるし、伝言ゲームみたいになって話がずれてしまったりする。
そうなんです。1ヵ月半待ったんですけど、話が先に進まない。僕の気持ちももう待てないってところまで来たんです。その期間にもいろいろな人に会って、現地で友だちもできて、事情を話していたところ、それじゃあ他のチームでトライアウトができるように交渉してくれるってことになって。監督は引き止めてくれたんですけど、隣町にあるチームでトライアウトを受けました。そこでも来て欲しいって言ってもらえたんですけど、またビザの問題で無理だったんです。
結局、残された道は州のトップリーグからディヴィジョンを下げるってことだったんです。でも…
― 迷った。
ええ。自分の中では、州のトップリーグでもレベルが高いとは思わなかったんですね。サッカー的に言うと、ちょっと失敗したかなっていう感じだったんです。それでも、来たからにはやろうっていう開き直りの気持ちだったんです。でも、その更に下のレベルでやらなければならない状況に追い込まれたのは、本当に複雑でした。
そこで思い直して、オーストラリア以外の国を探そうかとも思ったんですよ。シンガポールとかオランダとか、他の国に行こうかと思って…。どうしようかと悩みました。
でも最後には、他に行っても絶対に同じような問題は起きるだろう、って思ったんです。どこに行っても同じなんだって。ここで帰ったら、また同じような局面になるとやめちゃおうみたいな癖がつくんじゃないかって。それがすごくイヤだったんです。そんな癖をつけたくなかったんです。
― それでディヴィジョンを下げてトライアウトに行った。
行きました。練習参加に行ったら、すぐサインをしてくれって契約書みたいなものを出してくれて。それでパイン・リバースに入団しました。
― ものすごい数ヶ月間だったんですね。
3ヶ月だったんですけど、もう一回経験しろと言われたらいやですね。その時はもう必死な部分があるので、乗り切れたみたいなところはありましたけど。 |