BACKNUMBER >>
PLAYER'S FILE001
■来てよかった。初めてそう思った。

― その長い経緯があって、2002年に入団したわけですね。成績はどうだったんですか?

 2002年にはそのディヴィジョンで優勝して、昇格しました。

― 金川さん個人の成績はいかがだったんですか?

 僕のポジションはフォワードなんですが、やっぱりリーグのレベルはすごく低いんですよ。18試合で22点ぐらいとったんですけど、それは自分の中では全然喜べなかったですね。Jリーグにいた選手だったら、絶対それぐらいはやれるレベルです。達成感みたいなものはあまり感じることができませんでした。

― でも、昇格には大きく貢献したのでは。

 たしかに点を取るってとても分かりやすいプレーの結果の形なので、地域の人たちは「コージ、よくやった」ってすごく喜んでくれるんです。でも、彼らは僕が過去にいたリーグのことは知らないんですよね。まあ、それは当たり前なんですけれど。だから彼らが現在の僕のプレーを評価してくれることについて、一面では嬉しいんですけれど、心の中では「僕は所詮クビになってきた選手」っていう意識がなかなか離れないというか。両手を挙げて喜ぶような結果ではないというか。当時はそういう迷いの中で必死でプレーをしていました。

― 当時、ということは、最近少し変わってきた?

 あのですね、シーズン最後の試合なんですけれど、リーグ戦が終わると、今度はトーナメントに切り替わるんですね。それも優勝したんですけれど、その試合はグラウンドもよくてスタンドもついているスタジアムで試合が出来たんですよ。人も沢山入って。シーズンの最後を締めくくる、規模は全然違うんですけれど日本で言ったら天皇杯みたいな試合で優勝したんですね。2-2で同点になるゴールを僕が決めて、チームメイトが決勝点を入れて。その時にサポーターがグラウンドにガーって入ってきたんです。そういう喜び方ってあまりしないじゃないですか。その時に、こんなに喜んでくれるんだ。やってよかったなあって。オーストラリアに来てサッカーをやってよかったなあって初めて思いました。

― さて2004年からの目標はどんなところにあるのでしょうか。

 2003年のシーズン中に脛を骨折してしまって、まだリハビリ中なので、まずは怪我を治すことが目標です。それとこの負傷の状況ではなんとも言えないんですけど、オーストラリアのトップリーグであるNSLでプレーすることを、2年3年は目標としてやっていきたいですね。
もう少し長い目標としてはサッカーを子どもたちに伝えていきたいです。

― 指導者という意味ですか?

 やっぱり、ずっとサッカーをやってきて、オーストラリアに来て、地域にしっかりと溶け込めたのはサッカーのおかげだと思っているんです。もし僕が最初に来たときのように言葉も喋れなかった状態で、サッカーも出来なかったとしたら、全然相手にされなかったかもしれない。でも、僕にはサッカーがあった。そういうところのすごさというか、サッカーでコミュニケーションできるということを、もっと伝えていきたいと思っています。

― 最後に、オーストラリアでのプレーを考えている選手たちにひとことアドバイスを。

 どうしても抽象的になってしまうんですけれど、語学と忍耐力だと思います。

― ありがとうございました。

  BACK
3/3
 

金川幸司 選手
1977年7月4日生
身長: 173cm
体重: 69kg
ポジション:フォワード
所属クラブ:パイン・リバース