― 小学生時代(FC東陽)
同じ小学校の友だちに誘われて、1年生からサッカーを始めました。FC東陽はいわゆる町のサッカー少年団で、指導は少し厳しかった記憶があります。僕は小さい頃から身長が高くて、ポジションはずっと中盤でプレーしていました。特に教えてもらったわけではないのですが、小さい頃からドリブルばかりしていました。FC東陽では練習をして、大会には深川、城東、東陽という地区から選抜された江東区選抜の江東FCで出ていました。江東FCはなかなか強いチームで、5年生の時に、都大会で勝ち上がってベスト8まで行ったのですが、そこで東京ガスのジュニアチームに負けてしまいました。僕も東京ガスのスクールには通っていたのですが、そのチームに負けてしまったので悔しかったという記憶があります。そして、そのままU-15に上がらせてもらえることになりました。
― 中学生時代(FC東京U-15)
週5日くらいサッカーの練習をするようになって、環境はがらっと変わりました。すぐそばでプロ選手が練習をしていましたし、周囲はセレクションで入ってきた選手でしたので、みんな技術がかなり高かったです。僕は負けず嫌いだったので、負けるものかと一生懸命練習をしました。1年生の時には丸山コーチ(現東京Vジュニアユースコーチ)に技術に関することをしっかりと教わりました。トラップの練習がメニューに多く入っていましたし、なによりドリブルが好きだったので、とても勉強になりました。いろいろな大会の予選ではヴェルディが強くてなかなか勝てませんでしたね。個人的には、東日本選抜に選ばれて、メニコンカップので東西対抗戦に出場したことが印象に残っています。みんな上手くて、僕は後半からの出場でした。前日に集まって、練習をほとんどしないままの試合だったのであまり良いパフォーマンスができませんでしたが、良い刺激となりました。
― 高校への進学
中学時代から隣でプロ選手がプレーをしているのを見て、プロになりたいという気持ちを持つようになりました。ただし、中学時代に千葉県に引っ越しをしたこともあり、高体連のチームに進学することを少し考えましたが、やはりプロチームの下部組織の方がプロに近いと思ったので、ユースに行くことにしました。
― 高校生時代(FC東京U-18)
1年生の最初から、途中出場で試合には出ていました。チーム内の競争が厳しく、試合に負けた場合の罰走があって、メンタル的にもかなり強くなりました。スタメンになったのは1年生の最後の方です。馬場さん(現モンテディオ山形)たち3年生が強かったおかげで、1年生の時のチーム成績は良い結果を出せました。2年生から布監督のU-17日本代表に選ばれました。上手い選手が多かったですし、国際大会にも出られたので、とても強い刺激を受けました。特にブラジルは一人ひとりが本当に上手かったので、「もっと上手くなりたい」とさらに思うようになりました。3年生で2種トップ登録可になって、トップチームに帯同するようになりました。3年生の後半にトップに試合に出られたのですが、出場してもいっぱいいっぱいだったので、なかなか思うようにプレーできませんでした。
プロ契約については親が話をしていたので、僕にはよくわかりませんでした。プロになれて、ああ、ようやくたどりついたんだ…という印象でした。
― プロになれた一番のポイントは?
隣でプロ選手を見ていたことで、目標が出来たことが良かったんだと思います。アマラオ選手とか。藤山選手とか。そんな目標が身近にあったからこそ、辛い練習も乗り越えてこられたんだと思います。








