
― 今になって思うと、シャヴィやクラウチも出ていた試合だったのですが、その印象はありますか?
イングランドとかのヨーロッパのチームは、ナイジェリアの政情が不安だったのでクラブチームが有望な選手を送ってこなかったって聞いていました。クラウチ…いたかなあ。なんかすごく背の高い選手が途中から出てきたけど、あれがそうだったのかも知れませんね。
― 同世代の選手とのマッチアップはどうでした? ディフェンスはけっこううまく行っていたよね。
戦術がはまっていましたからね。コンパクトにした、フラットスリーが。…僕たち、けっこうなめられていたと思うんですよ。そんなに研究されなかっただろうから、通用したって部分もありますよね。いろいろな運が重なってあそこまで行けたんだろうと思います。
― 世界との距離がわかった大会になった?
同じグループ内にはカメルーンとアメリカとイングランドがいたんですが、カメルーンは優勝候補って聞いていたんですよ。それでグループリーグの最初にカメルーンと試合をして、負けたんですけど全然強くなかったんです。なんだ、やれるじゃんって。その後、2試合目のアメリカとイングランドをみんなで前半だけ見たんですけど、その時のみんなの感想は「…普通にやったら勝てるでしょ」って感じだったんですね。それで2試合とも勝って、グループリーグを突破して。世界ってもっとすごいんだろうな、ってイメージがあったんですけど、やると全然そんなことなかったんです。当たるチームごとに「あれ?」って感じで。伸二なんか敵になるような選手は相手チームにはいなかったし。
― ある程度通じるなって?
ただ、結果としては2位だったけど、差を感じる部分はありましたよ。スペインはめちゃめちゃ強かったですよ。一段、レベルが違いましたもん。チンチンにやられたって感じです。きっとブラジルやアルゼンチンとやってもダメだったと思いますよね。
― でも、スキルの高い選手が揃っていたし、いいチームだったよね。
代表にこれだけ選手が入っていますからね。伸二を中心にまとまっていたし、個人の能力も高かったし、トルシエもやろうとしていることがはっきりとした監督だったし、そういう意味でまとまったという部分がありましたしね。それから、アジアユースの時から監督が変わって、選手も変わったので、やってやろうってモチベーションの高い選手も多かったんですよね。

― このアフリカでの経験によってサッカー的にも、人間的にも収穫ってありましたか? 遠藤選手的に、これ以上のところに泊まることはない、って感じ?
やっぱり、それはありますよ。すごい遠征をしたという経験は効いていますよね。サッカーって、サッカー以外の部分がかなり重要になると思うんです。だから、ああいうすごい経験をしていると、ちょっとくらいのことがあっても「あれに比べると」って思えますからね。あそこよりすごいのはないと思うから。そういう部分は今もこれからも活きていくのではないでしょうか。それから、個人のスキルで、通用する部分と、そうじゃない部分を見極められたことも大きいですよね。あとは緊張感のある国際大会に出て、短期間であれだけ多くの試合を出来たのは、経験という意味で大きいと思います。
― もう一度、あのチームでやりたいって思う?
そうですね。みんな仲が良かったし。ビデオを見る部屋があって…その話、誰か言っていなかったですか?
― リラックスルームでGTOを見ていたんでしょ?
そうそう。GTOをみんなで見ていたんですけど、普通、そういう時って何人か集まるくらいじゃないですか。それをチーム全員が集まって見ていたんですよ。確かに、やることなかったのは、やることなかったんですけど(笑)、なかなかそこまでまとまらないですよね。全員でビデオを見ていたって印象は今でも強く残っていますよね。仲良かったんです。
― でも坊主には出来なかった。(笑)
そうですね!(笑)勢いだけじゃ出来ないですからね。でも5、6人は坊主にしましたね。僕はまったくやろうと思わなかったです。だって、坊主にしたのって帰る直前ですよ? あと1週間くらいで帰るのに、坊主にして大丈夫かよ? って冷静に思っていましたからね。「やろうよ、やろうよ」ってやたら薦められましたけど、「ない、ない」って言いましたよ。(笑)みんな勢いでしていましたけどね。タカと加地がもともと坊主でバリカンを持ってきていたから、浩二とイナと氏家くんと辻が坊主にしたんですよね。でも、それだけでもすごくないですか?
― 全員が坊主にしていたら、伝説だったよね。
そうですね。でも、後で見たくはないですよね。あの時、坊主にした人は、やらなきゃ良かったなって絶対後悔したと思いますよ。浩二なんか、普段の浩二とかけ離れて、あまりにもイメージが違いましたからね。(笑)
― ありがとうございました。
【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫 |