J.LEAGUE PRO-FOOTBALLERS ASSOCIATION-有限責任中間法人 Jリーグ選手協会-

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― シャヴィやガブリや、クラウチも出ていたんですけど、世界との差はどう感じましたか?

あれクラウチだったんですか? 知りませんでした。浩二がヘディングで競り勝っていたけどね。(笑)シャヴィはうまかったですよ。スペインは本当にうまかった。

― なかなかフルには出場できませんでしたが、フリーキックで得点を決めました。別の環境でやっていて苦労しているのを知っていたから、石川選手が決めたフリーキックが嬉しかったって遠藤選手は言っていましたけど、そのあたりの気持ちはいかがでしたか。

フルには出場できなかったですけど、チャンスはもらえていたので、僕のレベルアップにも繋がりましたし、自信にもなりました。フリーキックについては、実は…照明が少し消えていたらしいんです。カメラマンの人に聞いたんですけど、ゴール裏から見ていたら暗くてよく見えなかったって。どうもキーパーからは見えなかったみたいなんです。(笑)コースも良くなかったですし、運が良かっただけなんです。

― さて、今になって思う、トルシエ監督とは?

監督の戦術や考え方は練習をしている中でも「確かにそうだな」って感じる部分はありましたし、結果もついてきましたからね。サッカーについては僕らもやっていて納得できる部分はありましたけど、ほかは…はっきり言って理解できない部分が多かったですね。(笑)

― 変わった人だった、という感想が多いですが、石川選手にとってはどのような部分が理解できない部分でしたか。

選手を鼓舞させるためなのか、単純にけなしたいのか、わからないことがたくさんありました。準決勝翌日の食事の後に、監督に呼ばれたんですね。伸二が累積警告で決勝に出られなくなったから、ポジションがひとつ空く。そこにお前を使うおうと考えているから、気持ち的にしっかりと準備をしてくれ、と。わざわざそんな話をもらったんだから、僕も決勝に出られると思って、しっかり準備をしていたんです。そうしたら、直前練習の途中で、監督が僕に対して突然怒り始めたんです。それで氏家さんに交代して。それでそのまま決勝には出られなかったんです。気持ちはしっかり入っていたし、なんで怒られたのかもわからなかった。これはショックでしたね。

― 軽食を突然やめたり、サプライズ的な交代をしたりして、なにかの変化をつけたかったのでしょうか。監督にも迷いがあったというか。

ただ、準決勝までの流れは良かったですから、そのまま続けていればもっと良かったと思いますよね。決勝の1点目の失点は練習で壁はジャンプしろって練習をしていたんです。そうしたらそのジャンプした下をきっちり通されてしまいました。

― 当時、唯一の学生だったということで、いつもは練習する環境も違っていたし、みんなとの差があったと思いますが、その実感はありましたか。

通常は大学で練習をしていましたから、代表に参加すると、やっぱりレベルが高く感じました。そこから慣れるまでに少し時間が必要になるんです。慣れてくると問題なくできるんですけど、基準のレベルが違うので。そこに自分を持っていかないと、スタートにも立てませんからね。合宿や遠征の時には、なるべく早くその位置まで自分を持っていって、同じ位置に立って勝負、という感じでした。

― そこまで持っていくための負荷はかなりきつかったのでは。

でも、僕としては高いレベルの中でやるのが楽しかったですからね。最初は苦しいんですけど、合宿が終わって大学に帰ると、なにか寂しくなってしまって。だから僕にとっては苦しいという気持ちはありませんでした。

― 遠藤選手に聞いたら、「早くプロに入ればいいのに、って思っていた」って。

当時はみんなに言われましたよ。(笑)今からでも来れば…って。

― 待遇面も違いますしね。

そうですね。2位だったから、みんなは賞金がもらえたんです。だけど僕だけ学生だからもらえないからって。卒業した後に少しいただいたんです。

― 永井選手たちが「出してやってくれ」って掛け合ったって言っていたけど。

そうなんです。みんなで言ってくれたんです。少しずつ出し合おうよって言ってくれたりもしたんですが、それは遠慮して。

― でも、ナイジェリアを経験して、より一層プロに入りたくなった?

帰ってきてから、プロという話もあったんですが、僕は大学で4年間やると決めていたから、迷いませんでした。でも、僕だけアマチュアだから賞金が少ししかもらえなかったのは残念でしたね。(笑)

― 賞金以外は、学生であることとプロとの差はなかった。

みんながプロで、僕だけアマチュアってつもりは、僕にはなかったですから、気後れもしませんでしたからね。出場すれば結果を出すことはできるって気持ちでやっていましたし。だから、決勝に出られなかったのがやっぱり悔しいですよね。あんな結果にもなってしまったから。

― さて、最後に石川選手にとって、アフリカでの成長はどういうところにあったのでしょうか。

まずは決勝まで行ったというところが一番大きかったと思います。それと、あのような厳しい環境…きっと僕ら以外は経験できないと思うんですけど、ブルキナファソでのホテルもそうでしたし、ナイジェリアという国で開催された大会というのは、そうそう経験できないと思いますし、精神的にも強くなりましたからね。そういう面では今にも活きていると思います。

― 感じた課題は?

沢山ありましたね。むしろ、足りているものはなかった、というくらいです。

― ありがとうございました。

【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫
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石川竜也 選手
1979/12/25生
身長:178cm
体重:67kg
ポジション:ディフェンダー
所属クラブ:鹿島アントラーズ

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