J.LEAGUE PRO-FOOTBALLERS ASSOCIATION-有限責任中間法人 Jリーグ選手協会-

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― 散歩だって歩いていて、急に練習が始まったこともあったそうですね。

そうですね。最初の試合の直前だったかな。たぶん午前中ですね。激しかったです。みんな死にそうになっていました。散歩だって言うからみんな普通にスウェットだったんですよ。そうしたらいきなり、スリーバック入って、中盤入って、フォワード入って…って動きの確認になったんですね。スウェットで来たのに、暑い中、汗ダラダラで。次からみんな着替えて練習着で散歩するようになりました。それって散歩じゃないですよね。(笑)まあ、トルシエの中ではもともとやるつもりだったのかも知れないですけど。

― その後もトルシエ監督とは長くお付き合いすることになるのですが、当時のトルシエ監督は今思うとどうでしたか。

今までに経験したことがない感じの人でしたよね。ユース時代は日本人の監督で、アントラーズに入ってからはブラジル人の監督だし、ヨーロッパの監督っていうのは初めてでしたから。それにしても激しさは尋常じゃなかった。(笑)だから練習から結構気を張っていて、疲れましたね。

― ナイジェリアで監督を経験しておいてよかったって感じですか。

そうですね。ユースを経験しているから「あっ、そろそろくるな」っていうタイミングがわかりましたからね。本当にユースの最初のころは探りながらだったんです。

― ナイジェリアでは孤児院に慰問したというニュースがありましたが覚えていますか。

覚えていますよ。事情がある子どもたちが集まっているところに行くみたいな感じで行って。小さい子、かわいかったですよ。みんな目クリクリだったし、抱っこしても泣く子はいなかったですし。そういうところに行くチャンスはなかなかないですから、いい経験にはなりました。

― ナイジェリアではメンバー外という状況になってしまい、ずっとスタンドで観ていなければいけなかったのですが、どのような心境でしたか。遠藤選手はシドニー五輪のときに、「こういう気持ちだったんだな」って思ったと言っていましたが。

シドニーでは俺の気持ちがわかってくれる選手が他に3人いたから(遠藤、山口、吉原)、全然楽でしたよ。

― 4人は楽だったんだ。

全然、楽ですよ! 気持ちをわかってくれる人がいるっていうのは。ナイジェリアでは、その前のブルキナでの試合で結構使ってもらって、自分なりにも納得して、いい感じでプレーできたにもかかわらず、いざメンバー発表になったら外れて、しかも行かなければいけないという状況だったんです。いくら頑張ったところで、試合に出られるわけでもなく、メンバーに入れるわけでもない。だからかなりしんどかったですよ。

― みんな、それでもソガは頑張っていたと話していましたし、南選手は「あの経験があったから今のあいつがあるんじゃないか」って。

僕自身も納得がいかなかったんですよね。じゃあ、どうするっていったら結局グラウンドでやるしかない。イライラしているのを他の選手は感じたかも知れないですけど。それはよくないって言えばよくないんですけどね。

― 確かに。みんな「ブーブー言っていた」とも言っていた。(笑)

あははは。(笑)

― ブーブー言いながらも一生懸命練習に取り組んでいた、すごく偉かったって。

精神的には本当にキツかったですよ。初戦のカメルーン戦をスタンドで観ていたんですけど、試合は先制して結局逆転負けしましたが、日本は強えなあって思ったんですよ。これはまずいなと。(笑)

― もしかしたら行っちゃうぞと。

思いましたよ。カメルーンの2点は、ボーンって蹴ったのが、身体能力的で競り勝って入っちゃったみたいな2点だったけど、日本のボール回しについてこれないんです。それを見て、日本強いなって感じで見ていたら、やっぱりどんどん勝ち上がっていくし。だから、出てもいないし、メンバーにすら入っていない僕としてはすごく複雑でしたよ。勝ち上がることに自分が貢献できるわけでもなく、自分のいないチームが強いことにへんな感じもする。そんな複雑な気持ちでスタンドから観ていました。

― でも最後には気持ちもイケイケになった。

そうですね。ポルトガルも強かったですけど、勝ち上がったらウルグアイとブラジルの勝った方だったんですね。ブラジルも予選ではすごかったんですよ。強えなあって見ていたら、ウルグアイに負けちゃって。「これって、もしかして?」って思っていたら、見事に勝っちゃうし。

― チーム的に全員スキルが高いチームでしたが、見ていても感じる部分はありましたか。

そうですね。スペインやブラジルに比べるとちょっと劣る部分はあったかも知れないですけど、大会のほかの国を見ていてもやっぱり確実に上にいるだけの、チームとしての力も技術的な力もあるチームだなと思いましたよね。

― 当時フラットスリーが初めて披露されましたが、結構はまっていましたよね。

やっていくうちにすごく完成度が高くなりましたよね。

― それはあの3人の連携がすごくよかったから?

そうですね。それはすごくあると思います。最初は、金古を使いたかったようなんですが、ブルキナで怪我をして、急遽浩二が入って。大丈夫かな? と思っていたら、浩二も順応するのがすごく早かったんですよね。しかも3人の連携や、チーム全体の意識もやっていくうちにすごく高くなっていったし。これは強えなって思って見ていましたよ。

― シドニーとナイジェリアでの経験があるから、ワールドカップのメンバーに入ったんだろうって話す選手もいました。

今になって思えば、あの時に辛くともなんとか頑張ったからこそだと思えるんですけど、そのときはどう考えても全く思えませんでしたよ。もう、ふざけんなよって。(笑)もう、そればっかり思ってやっていましたね。

― ブルキナ、ナイジェリアを通じて成長した部分はそのあたりですね。

技術的にどうこうというよりは、精神的にすごく強くなりましたよね。悔しくてイライラする中でも、グラウンドではやるべき事をしっかりやったっていう気持ちが自分の中にありますし、そういう意味ではナイジェリアにいた1ヶ月で精神的にすごく成長したとは思います。

― ありがとうございました。

【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫
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曽ヶ端準 選手
1979/8/2生
身長:187cm
体重:80kg
ポジション:ゴールキーパー
所属クラブ:鹿島アントラーズ

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