― Jリーグ選手協会には「日本サッカーのクオリティや人気を向上させる」というひとつの大きな目的があります。その中で審判委員会の方々とも共通の目的の中で直接の意見交換をしていきたい、という主旨のもとJリーグ選手協会代表者会議で場を設けさせていただいておりますが、その場についてはいかがお考えでしょうか?
小幡 是非ともそういう機会は多く欲しいと思っています。私たちとしても選手の方々の気持ち、あるいは選手の方々の判断を聞くことは重要な参考になります。「何でファウルだったんだろう」と、視点や意見に違いがあるのは当然ですからね。
― チームを通じて間接的に質問する仕組みもありますね。
小幡 シーズン中、試合で起こった出来事に関してチームから質問があがった場合は、審判委員会のJ対応セクションから回答をチームに戻し、チームから選手の方々に返してもらっています。ただ、それは選手の方々との間接的なコミュニケーションであり、直接なものではありません。直接的なものとしては、シーズン前にチームに対してルール講習をやっています。そこで質問が出てくれば直接答えるようにしています。その場にいる選手に手を挙げていただいて、「このケースはどうだったんですか」と質問してもらい、答えています。質問を受けた講習会の講師が直接関わったケースではないかもしれませんので、ある程度仮想的な回答になってしまい、難しい部分でもあります。ただ、そのようにダイレクトに選手の方々とコミュニケーションが取れる場というのはとても重要だと考えています。
― そういう意味では、先般は事例集をお持ちいただいて、仮想ではなく、具体的に判断に関するコミュニケーションを図っていただきました。
小幡 選手の方々とレフェリーの間での意見の相違はありますよね。例えば、レフェリーはファウルに関して「意図と結果」を判断基準にしています。意図はボールに行ったけど、同時に反対の足が結果的に相手の足にも当たった。笛はその結果を見て吹かざるを得ない。カードが出ることもあります。講習会などの場でそういう状況を説明することは可能なんです。選手の方は「おれはボールにしか行ってないよ」と言うかもしれません。そんなつもりはない。相手を傷つけようとは思っていない。しかし、レフェリーはこういう見方で判断したというと、話し合いは平行線になってしまうかもしれません。でも、結果的にボールと同時に反対の足が相手の足に当たってしまえばファウルなんです。これは判定を理解することじゃなく、「意図と結果」という競技規則の適用を理解することなんですね。その中で判定について、レフェリーも間違っていることがあると思います。それはチームからあがってくる意見書を審判委員会の中で精査し、研修会や個人的な指導のなかでなくすように努力しています。
― 確かに会議の場では、質疑応答シーンの中で「意図と結果」について混同しているケースも見られました。
小幡 どういうスタンスで臨んでくれるかなんです。選手の方々がレフェリーの間違いを正そうとするスタンスなのか、判断基準を理解しプレーに繋げようとするスタンスなのか。ただ、今はできるだけ選手の方々とレフェリーが協調して新しいものをつくっていきたいという原則で私たちも動いています。
― 選手と話をしている中で、判定基準が日本と世界に差があるのではないか、という疑問がよく出てきます。特に接触の場面などではかなり違いがあるように思うのですが。
小幡 判定基準というのは、内外を問わず競技規則どおりですから、世界と一緒だと思っています。その中で、遅延行為に関しては、日本は厳しいかもしれません。しかし、逆に言うと、2006ワールドカップドイツ大会ではそれを目指していたわけです。例えばご存じのように、2005年オランダで開催されたU-20では相手フリーキックのボールをパッと持っただけで、カードが出されていました。それはやり過ぎですよね。日本以上に厳しかった。だからワールドカップドイツ大会で少し修正されたわけです。今、私たちは、遅延行為の少ない、インプレーの時間が長い、シュート場面が多い、けがをさせないということをターゲットにしています。それは世界共通だと思っています。ただ接触に関しては、おっしゃるように日本は甘いです。
― 甘いというと、要するに笛を吹きやすい状況にあるということですね?
小幡 倒れたら吹いてしまっている。日本はそこが課題です。FIFAでは「マイナーファウル」と言っていますが、日本では「ささいな接触」と言っています。というのは「ファウル」と名前がつくと笛を吹かないといけないというイメージがどうしても日本にはあるので言葉を変えているんです。要するに二人の選手がぶつかりあった際に、相手のフィジカルが弱いために倒れたケースに笛が鳴ってしまっているんです。そこの基準が違うといえば違います。
― 世界では吹かれず、日本では吹かれていると、世界水準の試合で選手がぶれやすいと思います。
小幡 ですので「ささいな接触」による笛をできるだけ少なくしようとしているんです。サッカーはもともと接触のあるスポーツですから、「ささいな接触」というのは表現的には良くないのかもしれませんが、「ファウル」とは言えないんです。そう言ってしまうと、選手の方々は「ファウルでしょう?」「いや、ファウルだけど吹かない」「えっ、ファウルなら吹いてくださいよ」となってしまいます。確かにファウルだけど、それは吹かない。問題なくプレーは続けられますので。ただ、これは“お互いさま”の部分もあって、ある意味で言えば、選手が倒れなければ笛は吹かれないんです。
― 倒れすぎの傾向はあるように思いますね…。
小幡 接触はあっても続けてやれる範囲のプレーであり、自分が本当にゴールを目指しているんだったら、少々の接触があっても、バランスを崩してでもボールをキープする。パスが出せるんだったら無理してでも出す。それがチャンスになるのであれば。私たちはそういうプレーをして欲しいと思っています。また、レフェリーはそこをちゃんと見極めないといけません。要するに、頑張れるささいな接触なのか、そこで頑張らせてはいけない悪質なファウルなのか。後ろからコツコツコツコツと蹴り続けられると、腕で振り払おうとします。それは良くないですよね。そういうファウルは最初に取らないといけない。あるいは特定の中盤のプレーのところで同じ選手ばかり狙われている。後ろから、手をポンポンと当てているのにファウルを取らないと、頑張ってはいるんだけど、ゴールに向かいたいんですけど、鬱積されているものがあってついやり返してしまうことがありますよね。そこも最初に取ってあげないといけないと思うんです。そこら辺の見極めは重要ですね。
― 他に注意喚起している事例はありますか。
小幡 足の裏を見せていくプレーですね。もちろんボールにプレーしても、相手に対して足の裏で行けばカードです。それから肘で顔に向かっていくプレー。普通に競ってはいても、相手がいることを意識してほしいんです。よく選手の方々は、普通に競るためには手がいるじゃないかとおっしゃりますが、相手が来るのであれば、それは折り畳める手だと思うんです。それをわざわざ張っている必要はないわけです。相手がいなかったらいくら手を使ってもいいです。でも相手がいれば、緩める手が必要です。相手を傷つけないことはとても大切なんです。足の裏を相手に向けない。相手に対して肘や腕を振るような危険なプレーをしない。安全を第一に考えましょう。選手の方々は財産ですからね。
― ほかにありますか。
小幡 あります。インプレー時間をやっぱり長くしたいんです。例えば、コーナーキックやフリーキックの際、ゴール前でつかみ合いをしているケースが多いんです。それで1分とか2分とかかかる。結局ボールを見ないで相手を見ていて、ボーンと得点を入れられたりもしています。何をしているのだろう?だったらちゃんと相手のコースに入って自分が競ればいいのに、と思います。そういう対立的な関係を生む小競り合いは、世界的にも問題になっています。レフェリーにも厳しく対応するように要求を出しています。
― マナーなどの注意も多くありますね。
小幡 シャツとかストッキングとかですよね。去年も実際に言っていますが、言われているうちは大丈夫だという感覚があるようではいけないんですよね。学校の生徒だってそうでしょう。先生から叱られているうちはいいですけど、通知表に1を付けられたら困りますからね。だから、言われているうちは大丈夫だろうと思うのではなくて、プロなのですから、プライドや誇りを持って、言われずに自分で気を付けて欲しいと思います。
― 確かにルーズになっているところはあるかもしれません。
小幡 例えば指輪なんかもそうですよね。まだ付けてくる選手がいます。「外してくるのを忘れた。レフェリーがちゃんと見てくれなかったから付けて来た」と言った選手もいました。
― レフェリーが見てくれなかったから悪くないと思った…。
小幡 「レフェリーがちゃんと見ておけばそんなこと起こらないじゃないか」と。でも、それは違うのではないかと思うんです。まず競技規則どおり、選手が付けて来なかったらそんなこと起こらないわけです。レフェリーがとやかく言う問題じゃないと思います。しかし、私たちは「レフェリーがちゃんとやらないから、選手がそうやっているじゃないか」と叱られるんです。でもそんなことは、それこそ子どもに「廊下を走らないようにしましょう」「ほかの人が勉強をしているときは静かに」「人が通ってるときに走ったらぶつかるから危ない」などと言うのと一緒ですよね。マナーというのか、当たり前のことじゃないですか。みんなが楽しく暮らそうとか、あるいは仲間と一緒にやろうと思ったら当然のことだと思うんです。
― そういった自律心の成長が今後はもっと必要になるということですね。
小幡 自分勝手とは言わないけども、やはり誰かのせいにしたいんです。負けたときも、上手くいかなかったときも。それは誰でもそうです。そう言いたいのは分かるんです。でも、それを言っていたのでは上手くならないし、サッカーの競技レベルが上がっていきません。イングランドのように小さい頃からそういう環境にいれば、あまりしないようなことだと思います。どうも日本では、子どもの頃から「勝つために」とか、「レフェリーの目を盗んで」とか、「今日はレフェリーが厳しいからちょっと当たられたら倒れろ」とか、そういう言葉をよく聞きます。でも、本当に勝つためにはそれでいいのでしょうか?確かに1回、2回、得してそれで勝てるかもしれません。でも、その子どもが大きくなっていったときに、本当に世界と戦えるかといえば戦えないですよね。
後編に続く >>>
【取材・構成】 SHAPE 豊田 英夫 |